相変わらず、木田元の本をぼつぼつ読んでいる。新書という大衆的な出版形式でこれだけ沢山著書が出ると言うことは、木田元先生は人気があると言うことだろう。すでに以前の感想で書いたことであるが、哲学者、もしくは大学教授という立場をかさにきて「難しいっていうのは、あんたが悪いの。勉強が足りないの。アカデミズムってこういうものなの」というような高ピーな書き方をしないこと、これが第一の魅力だろう。かといって、洒脱な趣味人を気取るわけでも無く、また不勉強なへたれインテリにこびるわけでも無く、真率な書きぶりが派手さは無いが人を引きつけるのだと思う。
さて、本書は大上段に振りかざした題名であるが、形而上的に問い詰めていく訳では全くなく、自分の体験を語っていくと言う本である。(口述筆記を纏めたものである)
題名にもう少しこだわってみると、木田先生は、「哲学は役に立つのか」という問いを受けたときには、迷わず「役に立たない」と答えていたそうだ。それは、経済学や法学が実務に必要な学問であり飯の種にもなることに対して「哲学はそういう役立ち方はしない」という意味であるようだ。しかし、木田元その人にとっては、生きるための目的となり、糧となってきたのだから役に立ったとも言える、という何とも哲学的では無い答えを出している。
人間はどのようにつまらないことであっても、その人が情熱を傾けて生きたものであれば生きる価値はあったのだ、と言う言葉を読んだことがあるが、それと同様の知恵、価値判断を感じた。
ところで、僕がこの本の中で最も注目したのは、次のような記述である。
人間が技術を生み出したのではなく、技術が人間を人間にしたと思うのです。その技術が自己を貫徹するために科学を生み出した。
私が問題にしたいのは、技術は人間が、あるいは人間の理性が生み出したものだから、結局はコントロールできるはずだという、安易な、というよりは傲慢な考え方です。
テクノロジーは、人間がコントロールできるものでは無く、それは資本も同じだと、木田先生は言う。そして人類の未来がそれほど明るいものには思えないという。
ハイデガーや技術発達史の知見を援用しながら語る言葉には、最近の天変地異や災害を思い出さなくとも、説得力がある。では、私たちはどうしたら良いのか、という問いには当然答えていないが、ただ、僕たちが謙虚になるべきだ、と言うことだけは言えるだろう。
では謙虚とは、という問いはまた発せられるわけだけど。
そのほか、語学の勉強法、好きな音楽、本、などざっくばらんでなるほどと思う記述多数。
木田元本の中核をなすものでは無いけれど、補助資料には十分なります。おもしろかったし。
- 作者: 木田元
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2008/10/16
- メディア: 新書
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